アイヌ語研究家・中川裕さんと考える「貫く力」
今回のゲスト・中川裕さんは、アイヌ語・アイヌ文化研究の第一人者。人気マンガ『ゴールデンカムイ』のアイヌ語監修を務めたことでも知られている。関連著作である『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』も話題となった。
『ゴールデンカムイ』の大ファンという参加者の声を受け、まずはこの話題から。中川さんいわく、過去にもアイヌを取り上げたマンガや映画はあったが、その目線がまったく異なるという。これまでは、“しいたげられ、傷つき、滅びゆく存在”という描かれ方が多かったが、『ゴールデンカムイ』では、強烈な個性を持ったアイヌ人が登場するだけでなく、和人との多様な関わりも描いている。アイヌの歴史、文化、言語などを綿密に調査し、リアリティを追求したうえでのフィクション。ストーリー展開はもちろん、野田サトル氏の画力も素晴らしい。そんな中川さんの解説に、参加者たちも思わず納得。
大学で言語学を専攻していた中川さんは、大学生のときに北海道二風谷に行き、初めてアイヌ語に触れた。その後も東京と北海道を行き来しながら、フィールドワークを続ける。そんな時間を重ねながら、徐々にアイヌ語が聞けるようになると、さらなる興味が広がっていった。最初からアイヌ語をやろうと覚悟を決めたわけではなかったが、続けていくうちに次第に惹かれていったという。「まずはやってみること、行動を続けるなかで、見えてくるもの、感じるものがあるはず」とアドバイスする。
彼がフィールドワークを始めた1970年代には、アイヌ語を話せるおばあさんたちがまだぽつぽつ残っていた。彼女らが語る世界は、アイヌ語の文法や単語などの言語知識だけでは、とうてい太刀打ちできなかった。言葉の向こうにある文化的背景を知らなければ、真のアイヌ理解へとつながらない。そう気づいたのである。
UtaEさんは、あるときカムイへの捧げ物を作る体験をしたかったが、女性であるがゆえに参加できなかったと語った。本来アイヌは、性別による強固な線引きはなく、もっとおおらかで臨機応変だったが、いつの間にか形骸化してしまったと中川さんは指摘する。伝統とは変化していくもの、時代に合わせてつくりかえていく必要があると力説する。
トゥレンカムイとは憑神(つきがみ)と訳されるアイヌの言葉。自分たちを突き動かす何か、深層心理に近いものだという。今日ここに幾人もの人たちが集まったのも、中川さんがアイヌと向き合うようになったのも、トゥレンカムイの計らい。彼らは便意でさえカムイの意思だと考えるという。「今こうしてビールを飲んでいるのも、トゥレンカムイが欲しているから」と皆の笑いを誘う。
この世には人間の力が及ばないものばかり。自然はもちろん、私たちとりまくあらゆるものをカムイとし、ともに生きるのがアイヌ。それらを大切に扱い、敬い、感謝する。中川さんは、アイヌ語だけでなく、彼らの生き方、考え方を真摯に学び、それを伝えようと努めてきた。そして、そのバトンをUtaEさんたち若い世代が引き継ごうとしている。
日本はひとつの文化、ひとつの歴史だけで成り立っているわけではない。アイヌと向き合ってきた中川さんの強いメッセージに、参加者たちも大きく頷く。
トゥレンカムイに導かれた参加者たちからも、活発に質問や体験談が飛び交い、互いに語り合った2時間。中川さんの「イヤイライケレ(ありがとう)」の言葉で締めくくられた。
取材・文 伊藤ひろみ