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梁山泊茶論 異人編 第5回

ハウハウケ(千葉伸彦)さんと考える「貫く力」

今回の異人はアイヌ音楽の研究者である千葉伸彦さん。UtaEさんのムックリに続き、千葉さんのトンコリ演奏で幕が開いた。

トンコリはアイヌの民族楽器。5本の弦を持つ弦楽器の一種だが、細長く平べったい形をしている。ギターなどと違って、弦を押さえるのではなく、開放弦のまま両手で演奏する。自然のゆらぎを感じさせるような、ふんわりとした独特の音色を持つ。千葉さんはトンコリを奏でながら、アイヌの歌を気持ちよさそうに歌っている。

千葉さんはもともとプロのギタリストである。高校時代から始めたギターを演奏するなど、長年音楽活動を行っていた。1990年ごろ、北海道で仕事をする機会があり、偶然トンコリに出会った。もともと民族音楽が好きだったこともあり、その音楽に大いに刺激を受けた。アイヌを専門とする音楽学者や言語学者ともつながり、本格的にアイヌ音楽を研究するようになった。

アイヌの歌は輪唱が多く、独特のスタイルをとる。一般的な輪唱は何小節かをずらしながら歌うことでハーモニーを作るが、アイヌの歌は手拍子とともに一拍分だけを置く。聴きなれないとごちゃごちゃとした印象を持つが、次第にずらした声がつながり、ユニークなメロディを奏でる。

アイヌの歌の魅力に惹かれた千葉さんは、アイヌの歌が歌えるおばあさんたちを訪ね教わった。最初におばあさんに歌を習って感じたことは、「なぜこんなに心が動くのか」。さらに、「民族音楽は血だけでない、人としてのバイブレーションが直に伝わり、生きた証が絆として人から人へつながっていく。大切なことがそこにある」と大きく心を揺さぶられた。それをもっと伝えたい。その思いを強くした。

しかし、その道はたやすくはなかった。教えを請いに訪ねても、誰もが歓迎してくれるとは限らない。「帰れ!」と門前払いされたこともある。それでもあちこち通い詰めて、かなり歌えるようになっていった。そんなある日、あるおばあさん宅を訪ねると、「今まで習ってきた歌を歌ってみて」と言われた。一生懸命に歌ったところ、「そんなに歌えるなら私が教えることはない」と、すっかり引いてしまったのである。「自分は学びたいのか、覚えたことを自慢したいのか、表現者を目指したいのか」と迷いが生じる。「非アイヌである自分がアイヌの歌を歌ったり、楽器を演奏したりすることに意味はないのではないか」とさえ考え始めた。中途半端ではいけない――そう覚悟を決め、その後は表現者・ミュージシャンとしてではなく、音楽研究者、伝承をサポートする教育者として関わるようになった。

そんな千葉さんの言葉に、UtaEさんが反応する。アイヌと和人との間には、目に見えない壁があると。それは、アイヌに魅せられた和人たちの共通の葛藤。すでに登場した中川裕先生も、平田篤史さんも苦しんだに違いないとUtaEさんは想像する。

スタンスを変えながらも、千葉さんはアイヌ音楽と接点を持ち続けた。その楽しさを体で感じたことがすべての原動力。アーチストとしての音楽的表現欲からではなく、おばあさんたちから伝えられたバイブレーションとそれを受けた自分にまっすぐに向き合ったことで得た答えである。そして、それを貫いた。

千葉さんのような人たちがいたからこそ、アイヌ音楽の魅力が多くの人に伝わったともいえる。一時はその伝承者が途絶え始めていたが、2000年代に入り、アイヌ音楽がにわかに注目されるようになった。今では、トンコリの演奏者や楽器制作者たちも育っている。

今回の参加者は、千葉さんにトンコリを習っている人、UtaEさんのムックリ演奏に惹かれた人、ゴールデンカムイを読んでアイヌ文化に興味を持った人などさまざま。会のエンディングは、参加者も一緒になって、千葉さんと歌う。こう歌わなければならないとか、楽譜通りに演奏しなければならないといった縛りはない。上手いも下手もなく、自由に自分スタイルを貫き、それらが組み合わさってダイナミズムを生む、と千葉さんは力説する。皆でアイヌ音楽の楽しさを感じるひとときとなった。

取材・文 伊藤ひろみ

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